愛知支部長 永易 幹章 様(72S)
高台のマンションに囲まれた一隅から伝える全国センバツ野球大会の歴史

名古屋市の東に位置する昭和区の高台にあるマンションに囲まれたその一隅に、全国センバツ野球大会の歴史を今に伝えるモニュメントが建っています。
かつてここには、「八事(やごと)球場」と呼ばれた野球場があり、今から100年ほど前の1924年(大正13年)に記念すべきセンバツの第1回大会が開催されました。
現在は「選抜高校野球発祥の地」であることを後世に伝えるために、かつてホームプレートがあったところにモニュメントが建てられ、歴代の優勝校名を刻んだプレートがはめ込まれています。
この辺りは、南山大学、中京大学、名古屋大学、名城大学といった大学と、高校や中学などの学校が多く集まっている文教地区です。春と夏の高校野球の常連校としても有名な中京大学付属中京高等学校も、ここからほど近い川名山(かわなやま)にあります。

碑文
1924年(大正13年)4月1日から5日まで、ここ山本球場(当時)で第1回全国選抜中等学校野球大会が開催された。全国から優秀チームを選抜し、早稲田実業、横浜商業、愛知一中、立命館中、市岡中、和歌山中、高松商業、松山商業の精鋭8校が参加、高松商業が優勝した。これが選抜高等学校野球大会の始まりである。第2回大会からは阪神甲子園球場に舞台を移した。
山本球場は1922年(大正11年)に完成、収容人員は2000人名古屋で最初の本格的球場だった。1947年(昭和22年)社会人野球チーム名古屋鉄道局(現JR東海)の本拠地となり、国鉄八事球場の名で永く親しまれた。この碑は第1回大会当時の本塁付近になる。
1992年5月16日
日本高等学校野球連盟 毎日新聞社



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周辺の風景です。
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